川崎病と被曝症状で気になったこと。診断書が重要?

NHK  川崎病 4歳以下で過去最多 12月19日 4時16分
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20111219/t10014732081000.html

琉球新報〈141〉川崎病 年間1万人が罹患 2011年12月13日
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-185150-storytopic-1.html

子育て支援ニュース心疾患引き起こす川崎病が全国で増加中
http://www.ikuji-support.com/news_JsXe903HZ.html

どうも、川崎病が増加しているようです。
ここで、ニュースを三本。NHKだけ見ると間違えてしまいます。内容が淡白すぎるからです。

分かりやすかったのが、琉球新報。
これって、被曝症状と非常に酷似していませんか?
ある意味、川崎病として診断書を貰う事が、ある意味被曝の証明にならないかと少し考え込んでしまいました。

【主要症状の抜粋】
(1)5日以上続く発熱(治療により5日未満で解熱した場合も含まれます)
(2)両側眼球結膜の充血(両目の白目が赤く充血)
(3)唇が赤く、舌がイチゴのように赤くなる
(4)不定形発疹
(5)四肢末端の変化。手足が赤く、甲がパンパンに腫れ、テカテカします。解熱してしばらくすると指先の皮がめくれる(膜様落屑(まくようらくせつ))
(6)首のリンパ節が腫れる-。

これらの六つの症状のうち五つ以上に該当すると「川崎病」と診断されます。
ただし、四つの症状しか認められなくても、心合併症が認められた時も川崎病と診断されます。

統計資料 ※県別データ年度別データありで重要 【患者数】1965~(1964以前について、文章で引用による補足)【県別データ】2001~2010 
第18回川崎病全国調査成績 厚生労働科学研究費補助金(子ども家庭総合研究事業) 予備
第19回川崎病全国調査成績 厚生労働科学研究費補助金(子ども家庭総合研究事業) 予備
第20回川崎病全国調査成績 厚生労働科学研究費補助金(子ども家庭総合研究事業) 予備 
第21回川崎病全国調査成績 厚生労働科学研究費補助金(子ども家庭総合研究事業) 予備

川崎病 患者数と0-4歳人口10万対年間罹患率

その他
加古川保険医療システム 川崎病の歴史 予備
家庭の医学                   予備
My Med                      予備
川崎病 wiki
抜粋
詳細な入院記録が残るT大学病院の調査では、1950年以降、川崎病と認められる入院記録が存在していました。おそらく1930年頃は川崎病はなかったか、あってもごく少数で、1950年頃より、増加したと考えられています
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以下、重要なので引用
№138 川崎病の歴史
(2009年9月発信)
川崎病は主として4歳以下の乳幼児がかかる病気で、5日以上続く発熱、両眼の充血、口唇の発赤、首のリンパ節の腫大、発疹などの症状が出現します。病気の本態としては、全身の血管に炎症が起こることですが、その原因はまだ解っていません。

この病気は小児科医である、川崎富作先生が1967年にはじめて報告しました。先生は1961年に初めてこの病気の患者を経験し、以来50人の患者さんを積み重ね、1967年の報告となりました。

では、川崎病はいつごろから存在していたのでしょうか? 

 詳細な入院記録が残るT大学病院の調査では、1950年以降、川崎病と認められる入院記録が存在していました。おそらく1930年頃は川崎病はなかったか、あってもごく少数で、1950年頃より、増加したと考えられています。この疾患を独立した疾患であると発見された川崎先生の偉業は、この疾患をKawasaki Disease として世界中の小児科の教科書にその名を記しています。現在世界中で患者を認め、米国でも、毎年5000~10000人の患者の発生を見ています。

1967年、先生の報告後、当時最も権威ある大学の医学部教授が、川崎病を新しい独立した疾患と認めなかったため、以後5年間は小児科学会での討論の場が閉ざされてしまいました。先生は「形骸化したアカデミズムがいかに柔軟性を欠き、“未知なるもの”に鈍感であるかを、表したエピソードである」と書かれています。

1970年、厚生省の研究班により、最初の全国の患者集計が行われました。約3,000人の患者さんが集計されましたが、その中で20数例の突然死の症例が存在していました。川崎病は報告当初は、「自然治癒し、後遺症を残さない」将来の心配のない疾患とされていましたが、症例の詳細な検討により心臓に血液を送る冠動脈に巨大な瘤を形成し、急性心筋梗塞を起こし突然死する可能性が判明しました。現在、川崎病は後天性の心疾患の中で最も頻度の高い疾患です。1970年代前半には死亡率は1~2%もありましたが、治療法としてガンマグロブリンによる治療法などが導入され90年代には、0.1%以下となり、突然死の可能性は川崎病にかかっていない人と同レベルまで減少しています。

1970年以降、2年ごとに川崎病は研究班により全国集計が行われ、1982年と1986年に全国的な流行を認めました。2000年以降は患者数は増加傾向となり、2005年から2008年は年間1万人を超え、さらに増加傾向にあります。
川崎病の真の原因が解明され、川崎病になった人が生涯にわたり安心できる治療体制が築かれることが望まれます。
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以下、引用。
〈141〉川崎病 年間1万人が罹患
2011年12月13日
「川崎病」という名前をご存じでしょうか? 症状の組み合わせで小児急性熱性皮膚粘膜リンパ節症候群とも言われますが、1967年に川崎富作先生が発見したため現在は「川崎病」と呼ばれています。

4歳以下の乳幼児によくみられる原因不明の疾患で、徐々に増加傾向にあり、年間1万人以上の子どもがかかっています。致死率は0・1%前後であると言われています。

主要症状は(1)5日以上続く発熱(治療により5日未満で解熱した場合も含まれます)(2)両側眼球結膜の充血(両目の白目が赤く充血)(3)唇が赤く、舌がイチゴのように赤くなる(4)不定形発疹(5)四肢末端の変化。手足が赤く、甲がパンパンに腫れ、テカテカします。解熱してしばらくすると指先の皮がめくれる(膜様落屑(まくようらくせつ))(6)首のリンパ節が腫れる-。これらの六つの症状のうち五つ以上に該当すると「川崎病」と診断されます。

 ただし、四つの症状しか認められなくても、心合併症が認められた時も川崎病と診断されます。症状は全てが同時に出現するわけではありません。症状がそろうまで時間がかかることも多く、症状がそろわない場合もあります。高熱とともにBCG接種部位が赤く腫れている場合も、川崎病が疑われます。

治療は心臓後遺症が残らないようにするのが目的で入院して行われます。しかしながら治療に反応せず心臓後遺症が残る子どももいます。

後遺症で最も怖いのは冠動脈にコブができてしまう合併症・冠動脈瘤(りゅう)です。1970年代に20~25%に見られていた冠動脈瘤の発症頻度は、現在の治療法(免疫グロブリン大量療法など)で3~4%にまで抑えられるようになりました。後遺症リスクを減らすためには、早期診断を行い適切な時期に治療が必要です。

冠動脈瘤は自然に退縮することもありますが、1~3%は、心筋梗塞、心臓弁膜症をきたす可能性があるため、心臓超音波検査による検診が必要です。

冠動脈瘤ができたかどうかによって、治療法も異なりますので主治医と相談されてください。
(天久憲治、首里こどもクリニック)

・子育て支援ニュース
原因は未だ解明されず
1歳前後の乳幼児がかかるとされる川崎病の患者数が6年連続で1万人を越しており、長期的な流行となっている恐れがある。平成22年の患者数が1万2755人となり、少子化で0~4歳の子どもの数は減っているのに10万人あたりの発病率を示す罹患率は239.6人と調査開始以来最高を記録しており、医療機関では警戒を強めている。

川崎病は原因が不明とされており、高熱が続いて全身の血管に炎症が起こる疾患である。手足に発疹ができたりリンパ腺が腫れることもあり、重篤な場合は冠動脈障害が起こって心疾患を発症し、死亡するケースもある。

予防法なく対処療法のみ
川崎病にかかる子どもは1歳前後をピークに4歳以下の幼児に多く、男子の比率がやや高いとされている。まれに再発することもある。

1967年に当時の日赤中央病院小児科の川崎富作先生がこの病気を発表した。川崎病は日本人を含む東洋人に多いとされ、原因は不明で予防法も確立されていない。治療は症状を抑えるための対処療法が中心となっている。
過去にも流行が見られたが、今回は長期的な流行となっている。川崎病の子供を持つ親の会からは早期の原因解明と診断・治療法の確立が望まれる声が上がっている。

・NHK
原因不明の乳幼児の病気「川崎病」の患者の数が、去年1年間で1万2000人を超え、このうち0歳から4歳まででは、人口に対する患者数が、これまでで最も多かったことが全国調査で明らかになりました。
「川崎病」は、高い熱が出るとともに、からだ全体に赤い発疹が現れ、目が充血したり、舌がイチゴのように赤く腫れたりする病気で、44年前に川崎富作医師が世界で初めて報告しました。病気の原因は、今も分かっていませんが、心臓の冠動脈に「こぶ」が出来るなど命に関わる後遺症が残ることもあります。自治医科大学の研究グループが、小児科のある全国の医療機関を対象に行っている調査によりますと、去年1年間に報告された患者数は1万2755人で、過去3番目に多くなりました。患者の88%を0歳から4歳までの乳幼児が占め、この年代の10万人当たりの患者数は239.6人となり、これまでで最も多くなりました。この結果について、自治医科大学公衆衛生学の中村好一教授は「原因は分からないが、川崎病の患者が増え続けている。12月、1月は毎年、川崎病の患者が増える時期なので、発疹などの症状が出たら、できるだけ早く医療機関を受診してほしい」と話しています。

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2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

日経新聞に特集があり、ネットも調べてみようと思った次第です。
現在65歳、7歳に発症(1954年)したと考えてます。主症状の6つのうち5~6が該当した記憶があります。当時 川崎病の病名は存在しませんでした。症状から急性腎炎、肺炎、もう一つの病気が合併したと聞かされました。数年前 高血圧、不整脈の治療を受けている中で 暫く検査をしてないので 検査しませんか?と医者に言われて 心臓カテーテルで造影検査を受けた結果 右冠動脈の第1分岐部で閉塞が判明しました。検査結果を医者と話し合いましたが、それまで全く自覚症状などなく、変ですねぇ、ということで 病歴を昔に遡るように思いだした結果7歳の時の大病を思い出しました。高熱が1カ月位続き、両親は同級生も参列するだろうから 葬式はどこで行おうか?などの相談をしたそうです。その頃ペニシリンが出初めて服用するこよで治ったと聞かされています。高熱の為歩く後からむけた皮膚の皮がパラパラ落ちたこと、全身の発疹、浮腫み等がありました。小学生時代は体が弱かったです。尚、現在は左冠動脈から右へ無数の毛細血管が貼り出し、補ってくれています。年寄りの川崎病はいらっしゃるのでしょうかね?

port さんのコメント...

>匿名さん。
こんばんは^^

>高熱の為歩く後からむけた皮膚の皮がパラパラ落ちたこと、全身の発疹、浮腫み等がありました。

想像していただけで、痛く感じました(**;)川崎病についてです。

>川崎病は主として4歳以下の乳幼児がかかる病気で…

記事中では、4歳以下となっているので、4歳より上になると川崎病とは言わないのかなぁと単純に思いました。

最近の記事も是非どうぞ