鈴木寛 原発事故SPEEDI隠蔽の理由

鈴木寛は、菅首相の下で原発事故対応を行っており、SPEEDIや被爆情報の隠蔽について理由を見てみましょう。鈴木寛など当時の政務三役は、SPEEDIを一般には公表できない内容と判断して隠蔽していることが分かりますね。


(1)SPEEDIと放射線マップの隠蔽工作

鈴木寛は、民主党の菅政権で文部科学副大臣として、原発事故の対応を行っていますが、その内容について見ると、SPEEDIの隠蔽だけでなく米国情報も隠蔽しています。

鈴木寛文部科学副大臣(当時)と、所管する文部科学省の行動について、過去の報道や自民党の小野寺防衛大臣の発言と合わせて見てみましょう。

(2)鈴木寛など政務三役のSPEEDI隠蔽

鈴木寛、原発事故SPEEDI隠蔽の理由について、2012年3月3日の産経新聞が、SPEEDI最悪予測 文科相ら「公表できぬ」 内部文書を報じているので見てみましょう。
事故直後のSPEEDIの試算公表をめぐる文科省の議事録などは公表されていなかった。予測は原子炉内の全ての放射性物質の放出を想定し、文書には「関東、東北地方に放射性雲が流れるとの結果が出た」と広範囲な流出も記載、文科省が最悪の事態を想定し計算を繰り返していたことが明らかになった。
文書は昨年3月19日付。政務三役らが出席した15日の会議で、試算結果を三役が見て「一般にはとても公表できない内容であると判断」と明記され、より標準的なデータを用意することになったとしている。当時副大臣だった鈴木寛参院議員は「全量放出との前提は現実にはありえず、パニックを呼ぶ恐れもあった」と説明した。
鈴木寛はSPEEDIの情報について知らなかった可能性が示唆されていますが、2013年3月15日の段階で情報を知っていたことが分かりますね。鈴木寛など政務三役がSPEEDIを知っていたことについて、鈴木寛スキャンダル参議院選挙2013東京選挙区で触れましたが情報を認識していたことが分かります。

鈴木寛はパニックを心配したとしていますが、関東東北や風向きの予測結果について、放射線被曝削減のために屋内退避呼びかけを行わなかったことが分かりますね。

(3)文部科学省が原発事故後、被爆情報を放置


鈴木寛は文部科学副大臣として、原発事故対応にあたっていますが、保安院と文科省が米国の放射線マップを放置 4ヶ月かけて判明を見てみましょう。
1時間当たり125マイクロシーベルトを超える地域が赤色で示されるなど、一目で線量の高い地域の広がりが分かるもので、文部科学省によりますと、去年3月18日と20日にアメリカ・エネルギー省から日本の外務省に提供され、すぐに文部科学省と原子力安全・保安院に伝えられたということです。 
しかし、文部科学省や保安院はこの地図を公表せず、提供された事実も官邸など関係機関に伝えなかったということです。
米軍は2013年3月16日に80キロ以内の退避を呼びかけていますが、冒頭の画像で被曝情報を基に情報発信した可能性があります。

その後も、米軍情報が文部科学省に転送されていますが、鈴木寛など政務三役が2013年3月15日にSPEEDI隠蔽の決断をしていますので、情報を止めた可能性が気になりますね。

(4)米国へのSPEEDI情報の転送メール


簡単に説明すると、nustecとは原子力安全技術センターの略ですが、アメリカの日本大使館タスクフォースに転送されています。最終的にはアメリカ合衆国原子力規制委員会(NRC)に転送されていますので、関心のある方は上記をご参照。

鈴木寛など政務三役は、原発事故でSPEEDI隠蔽を決断していますが、アメリカには情報提供が短時間で継続されていたことが分かります。

自民党の小野寺防衛大臣は、民主党政権が米国大使館からの情報提供を拒否していたとしています。鈴木寛が、原発事故でSPEEDI隠蔽した理由について語っていますが、原発事故対応についてどのように考えているのか気になりますね。

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